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サバ(雌)。太平洋に浮かぶ小さな島で生まれる。上京後、コギャル系ローマ人を経てVIPPERへ。英語コンサルタントの顔も持つ。"qちゃん"という子猫を飼っている。 趣味は自作自演。japanese_sabaアットlive.jp


by kyonkoenglish

冬の終わりに

ぽんと肩を叩かれたとき、振り向かなくても誰だかすぐにわかった。

「よぉ、久しぶり」

「何でしょう」

「昼飯、行こうぜ」

いつものように、私の返事を待たずにエレベーターへ向かう背中を追おうかどうか、しばし迷う。黒のベストにベージュのパンツ。この二年間、あの背中に何度期待させられ、裏切られてきたことだろう。だけど、それも今日で終わりだ。ゆっくりと立ち上がり、エレベーターホールに向かった。

話が本題に入ったのは、パスタの後のコーヒーが終わって、Yがマルボロを取り出してからだった。

「なんだか、なぁ、お前と知り合ってもう2年なんだな。早いな」

「そうだね。全然部署は違うのに、毎週のようにランチしながら企画書直してもらって」

「だって、やってること面白ぇと思ったもん。応援してやりたくなったんだよ」

マルボロに火をつけて、口にくわえる。私がタバコを嫌いなのは知ってるくせに、この人は全然気にしない。顔を横に向けて息を吐き出してから、しばらくこちらに視線が返ってこなかった。じりじりと流れる時間に耐えられず、口を開いた。

「Uさんに聞いたんだけどさ、例の彼女と結婚するんだってね。おめでとう」

ぴくりと頬が動いて、私を見つめる。

「・・・ごめんな」

「なんで謝るの。別に私には関係ないし」

「そんなこと言うなよ。俺だって、なぁ、ずっとお前のこと考えてたよ。だけどさ、こっちにも事情があるんだよ。彼女とも長いし、この歳で、いまさら別れられなくてさ」

「もう良いってば。こうなることはわかってたから」

「・・・ごめん」

「そんなこと言いながら、あのときやっときゃ良かったって思ってんでしょ」

「・・・ちょっとな」

「ばーか」

笑顔を作りながら、胸のあたりにキリキリと痛みが走る。その種の痛みが心地よいと思うようになったのは最近だ。それはセックスの快感なんかと比べ物にならないぐらいの良さで、それを感じられるほど、人を好きになることは、まれだ。

「お前の方は、どうなの。あのA社の男は?」

「別に、別れてはいないけど。最近、新規案件を追加したからそっちがメイン」

「お前なぁ・・・いい女なのに、もったいないよな」

「余計なお世話よ。・・・私、そろそろミーティング行かなくちゃ」

「あぁ、じゃあもう行けよ。またランチしような」

「しないよ。彼女と、お幸せに」

店を出て、会社とは反対方向に向かってずんずん歩き、ビルの陰の小さなベンチに座って、はぁ、と息をついた。冷たい風が頬を叩く。胸の痛みは涙となってせり上がってきた。痛い。胸が痛くて痛くて、うぅ、気持ち良い。気持ち良いよう。

悲しくない悲しくない悲しくない。涙がこぼれないように、両手をついて空を見上げると、ビルの間から見える空にはグレーの雲がかかっていて、そろそろ近づいているはずの春も、まだまだ遠い気がした。

だけど、暖かい季節なんて、来ないなら来ないで良い。
寒い冬を、楽しむ方法を考えるだけ。
by kyonkoenglish | 2008-03-04 22:51