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サバ(雌)。太平洋に浮かぶ小さな島で生まれる。上京後、コギャル系ローマ人を経てVIPPERへ。英語コンサルタントの顔も持つ。"qちゃん"という子猫を飼っている。 趣味は自作自演。japanese_sabaアットlive.jp


by kyonkoenglish

都会の海

江ノ島。

「どこの島ですか?」

と聞くと、会社の人は一瞬ぽかんとして、私を見た。
どうやら、電車ですぐに行けるらしい。
名前の雰囲気から、瀬戸内海辺りにぽつんと浮かんでいる島を、私は想像していた。

江ノ島は、東京駅から2時間もかからないところにあった。
藤沢のピーコックで肉やキャベツや紙コップやウーロン茶を買い、手首に食い込むビニール袋をそれぞれ2つぶら下げて、私たちはだらだらと歩いた。バーベキュー。照りつける太陽にじりじり焼かれながらソースにまみれた肉や野菜を食べるために、なぜわざわざ遠くまで来なければならないのか。それはもう、考えないことにしていた。楽しいと、思い込む。それが、レジャーというものらしい。東海道線の中は麦藁帽子をかぶった子供やその手をひいた若い母親、つり革を握って無言で窓外の景色を眺めるその夫、ガムを噛みながら大声で笑う日焼けした学生たちでいっぱいで、既にうんざりだった。この暑い中、揃いも揃ってご苦労なことだ。よっぽど他に、楽しいことがないのだろう。

「海だ!」

前を歩いている誰かが叫んだ。目の前に広がっている海は、白いヨットの帆で飾り立てられ、水平線はまっすぐ伸びていた。初めて見る感じの海だった。私が知っている海は、灰色で、表面に三角の波が立っていて、ごつごつした岩や島で水平線が遮られている。いま見ている海は、水彩画の中にあるようなコバルトブルーをしていた。洗練された都会の海だ、と思った。青山・表参道ですまして歩いている、そんな海だった。

海の上に架かった橋の周囲には拍子抜けするほど何もなく、その様子は丼の上に渡した割り箸のようだ。割り箸の上を、ゆっくりと歩く。遠くに見えるこんもりと茂った緑の塊と岩肌が、少しずつ近づいてくる。都会の海は、嫌いではない、と思った。ここには、ぎっしりとハングル語が書かれているビニール袋や肌を刺す毒クラゲや小さくて骨ばかりの醜い魚はいないに違いない。代わりに、東京からやってくる釣り人が釣り上げる大きなタイやヒラメやサバが整列して、優雅にワルツを踊っているのだ。そんな海の中を想像して、私はうっとりとした。

バーベキューの会場は、レストランの2階のテラスだった。予約の電話を入れたときに想像したとおりの、グレーの髪とひげを生やして痩せたマスターがコンロを用意しているところだった。

テラスには屋根があり、日焼けを気にする必要はなかった。海とヨットが見渡せて、みんながそれを眺めながら、晴れて良かったね、と言い合っていた。大きなサングラスと白い乳母車。誰かが割り箸で肉をつまんで熱くなったコンロにのせ、じゅっという音と同時に、生肉が焦げる匂いが漂った。あちこちで、缶ビールのフタが開けられた。

都会のアウトドア、私はこっそり呟き、白いプラスチックの椅子に腰を下ろしてのびをした。初めて雲ひとつない空に気づいた。久しぶりに見る空だけは、よく知っている空と同じ色だった。
by kyonkoenglish | 2009-05-27 12:21