サバ(雌)。太平洋に浮かぶ小さな島で生まれる。上京後、コギャル系ローマ人を経てVIPPERへ。英語コンサルタントの顔も持つ。"qちゃん"という子猫を飼っている。 趣味は自作自演。japanese_sabaアットlive.jp


by kyonkoenglish

<   2008年 02月 ( 28 )   > この月の画像一覧

難問

「今の私と、ヒットエンドラーンの人と、どっちが不幸なんだろうね・・・。」

「えっ・・・。」
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-27 00:02

19XX年 2月25日

渋谷から井の頭線でわずか2駅の好立地に、東大の駒場キャンパスはある。普段はまばらな構内が、今日はコートを着込んだ若者で溢れ、応援団の声が寒空に響いている。今日は年に一度の東京大学入学試験、我こそはと思う受験生たちが日本全国から集まる特別な日なのであった。

寒さで歯をガチガチと言わせながら、構内の掲示板で自分が受験する教室を探している少女がいた。その顔は青ざめ、体中が震えている。この震えは、寒さだけのせいではなかった。

海と山に囲まれた小さな島で伸び伸びと育った少女の運命は、高校に入って最初に受けた全国模擬試験の全国トップ10に入ったときから大きく動いた。教師をはじめ周囲の大人たちの目の色が変わり、「東大を狙える」「現役でいけるぞ」と盛んにけしかけたのである。

少女は「東大」という名前を聞いたことはあったが、自分とは関係ない話だと思っていた。しかし、それからは模擬試験のたびに「第一志望:東京大学文科一類」と書かされ、返ってくる結果はいつも「A判定」とあった。

何がそこまで彼女を追い詰めたのか、わからない。次第に彼女は「どうしても東大に入らなければいけない」と思うようになった。学校から帰るとあわただしく食事をし、午前一時まで机に向かった。午前五時には起きて、朝の用意をして家を出た。彼女の家は、高校まで遠かったためである。この流れは三年間途絶えることがなかった。

その苦節の日々の集大成が、今日なのであった。少女は掲示板に書かれている「東京大学駒場キャンパス」という字を確かめるように見た。今の彼女にとって、それが全てであった。

教室に入り、長い待ち時間の後、問題用紙と解答用紙が丁重に配られた。まずは国語である。「はじめ」の合図で一斉に受験生たちのペンが走り始めたとき、少女はの手に異変が起こった。ペンが震え、簡単な漢字の問題なのに、うまく書けない。何度も消しゴムで消しては漢字を書いた。深呼吸を繰り返した。どうにか解答用紙は埋めることができた。

休み時間に、少女はなんとか手の震えを止めようと苦心していたが、すぐに数学の試験が始まった。「はじめ」の声と同時に問題用紙をめくる。第一問は簡単な空間図形の問題で、式を書いて解こうとした。が、xの3乗の小さい3が書けない。何度も書いては消し、書いては消す。ああ駄目だ、これさえ解けば合格するのに。どうしようどうしようどうしようどうしよう!その瞬間、目の前に星がぱーっと散った。それが消えるど今度は真っ白になった。問題用紙の文字がかすんで、見えない。頭がぐらんぐらんと揺らぎ、バランスを崩して椅子から落ちようとしたところで、誰かが呼んだのか、試験官が近づいてきた。肩を貸すようにして少女を廊下に連れ出す。これが、彼女が覚えているすべてである。

目を開けたとき、彼女は誰もいない教室に寝かされていた。腕時計を見ると、試験はとっくに終わっていた。あぁ、と彼女は思った。これで試験に落ちた言い訳ができたわ。もう私は高校を卒業する。先生や親の言うことなんて聞かなくて良い。東大が何だって言うの。彼女は3年ぶりに、心から笑った。これから私の人生が始まる。本当の青春をやり直すのよ。もはや受験生たちの姿が消えた「駒場東大前」駅へ歩きながら、彼女はすがすがしい気持ちですらあった。

その後、少女がどうなったかは、誰も知らない。モンゴルに行ってジンギス・カーンになったという伝説が伝わるのみである。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-26 00:41

黄色い崖の上で

いわゆる「子供の頃」を思い出そうとすると、学校ではなくあの「秘密基地」を必ず思い起こすのである。当時、私たち家族四人はおままごとのような社宅に住んでいた。アパートが一棟、それに「C」と書かれてあるので「C棟」と呼んでいた。私たちの部屋は「C-302」であり、六畳のリビングと、小さなダイニングルームと子供部屋、それに「四畳半」と呼ばれている使われていない部屋があった。「四畳半」は6歳の私と4歳の妹にとって、未知の空間であり、そこに行くのはちょっとした冒険であった。

エンジニアの父は車で通勤し、毎晩遅くまで帰ってこなかった。思い出す当時の母の姿は、常に小さなキッチンをくるくると動いて、オーブンを開けると、クマの形をしたクッキーや、小さなカップケーキを魔法のように出してくれる姿である。専業主婦であったが、母は毎日化粧をし、愛らしいワンピースを着ていた。その母がエプロンをつけてキッチンを動き回る様はとても美しく、私と妹の自慢の母であった。

そのキッチンには大きな窓があって、左手には山が、正面には町のグラウンドが、右手には海が見えた。グラウンドは、幼い私たちが遊ぶには広すぎた。隠れるところがないのでかくれんぼも缶けりもできなかった。それより私たちの興味を引いたのは、グラウンドの左手にある崖であった。黄色っぽい土が、たまにぼろぼろと崩れる崖に上ることは、大人たちに禁止されていたが、上る誘惑には勝てなかった。その崖を2メートルほど上ると、小さなやぶがあった。その中は自然のトンネルになっており、子供一人がやっと入れるぐらいのそのトンネルを支配する権利が、常に争われた。この崖は町の様々な方面の子供たちに有名らしく、上るたびに誰かが隠した宝物―――ビンのふたやカードゲームの王様のカード、ビーズで作った首飾りといったもの―――がいつも見つかった。

その日も、私と近所の子供たち3,4人で競争して崖を上っていた。いつもと違う、と思ったのは、例のやぶの周辺に、ひどく汚れた白いシャツと、ボロボロの漫画雑誌、ナベが散らばっているのに気づいたときである。私たちは顔を見合わせた。

「おい。誰かいるぞ」
と一人が言い、
「俺たちの秘密基地だ。取り返せ!」
と一人が叫んだ。

私は、そこに近寄ってはいけないような気がしたが、のどに何かはりついて、うまく言うことができなかった。さっき叫んだ二人は、もうやぶに近づいており、私もそろそろと続いた。トンネルの入り口で、わっと誰かが叫ぶのが聞こえた。そっと伺うと、トンネルから二本のごつい足がにょろりと突き出ていた。もう誰も、これ以上戦う意思はなくしていた。そろりそろりと降りていくと、やぶががさがさと動いて大きなひげもじゃの顔がこちらを覗いた。

「うわぁっ!」私たちは崖から転がり落ちるように逃げた。グラウンドの駐車場まで逃げたところで、一息つくと、誰かが漫画雑誌を突き出した。

「ほら。盗ってきた」

それは雨に濡れて色も変わっている雑誌で、私たちが知っている漫画のどれでもなかった。

「開けてみようぜ」

興味津々で中を覗くと、どのページもやたらと胸が大きい女性の裸の絵ばかりであった。

「なんだよ、これ」

しらけた様子で、私たちはその雑誌をゴミ箱に捨てた。

その日、家に帰るとキッチンから出てきた母が、「今日崖上ってたでしょ」と楽しげに言った。「えへへ、ばれてた?」「見えるもの。でもすぐ走って出てきたよね」

私は二本の足と、漫画雑誌の話をした。

途端に、母の表情がこわばった。
「その雑誌はどうしたの?」
「空き地のゴミ箱に捨てた」
「そう・・・あのね。あそこは、子供たちだけの秘密基地じゃないの。大人が使うこともあるの。だからね、今は大人が使ってるんだから、遊びに行ってはいけません」
「はい」

まったく納得がいかなかったが、あの二本の足とひげもじゃの顔を思い出すと、確かにもう一度近寄るのは怖かった。

私だけではなく、他の子供たちの足も自然に遠のき、誰も「秘密基地」の話はしなくなった。駐車場でなわとびやおはじきをしながら、ふと目に付く緑色のやぶは前よりも黒々と生い茂り、怖さも増した。

それから数年経ち、私たち家族が社宅を出る頃、崖は工事で崩されていた。そして再び訪れたときには、コンクリートで塗り固められ、まったく様変わりしていた。しかし、それから20年経った今も、私が子供の頃を思い起こすときは、必ずあの黄色い崖がまぶたの裏にありありと浮かび、一つの時代の終わりを思わせるのである。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-24 17:29

孤独

渋谷のスクランブル交差点を歩いているときにスターバックスから見下ろされていることに気づいてちょっとうつむいたところでギャルとぶつかって後ろから「お姉さん、ちょっと。109って、わかります?」と聞こえて振り切ろうと速度を早めてセンター街に出ても変なベルト屋やら混んでるそば屋やらがごちゃごちゃ並んでいて気味の悪い化粧をした若い女たちやきっちりバーバリーのジャケットを着こなしたスカウトの兄さんたちやらがたむろしている中、つい立ち止まってしまって周りの人にわしゃわしゃと抜かされてしまったとき。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-24 16:25

不安

アメーバのようなもの。コンタクトレンズのように薄い水色がついていて(なくさないようにだ)、普段は腰のあたりに張り付いているが、あるときは全身にまとうほどに増幅し、あるときは小さな化石のようになってけったくることができる。それが最大限に大きくなったときはスイムウェアの代わりとなってポーンと50mのプールに飛び込み台から飛び込むことができる、ような気がしたが、実際は飛び込み台の上で足を滑らせて落ちてしまう、そんなもの。水が、ひたひたと耳の上をのぼってくる。いよいよもって、スイムウェアに振動が走り、そのまま足がつってもがいているようなもの。決して見えない、プールの底。

これを不安という。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-24 05:45

悲しみ

ある五月の晴れた日、澄んだびろうどのように流れる川に、淡い緑色の葉っぱが一枚浮いている。それに大きなアゲハチョウが止まって船頭のように葉っぱを支配する。流れ流れて海に近づき、葉っぱの割れ目から入ってきた水に足をとられてぽちゃんと落ちる。相変わらず晴れ渡る、空。

これを悲しみという。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-24 05:30

怒り

たわし、のようなもの。手のひらに収まるもので、ゲジゲジと毛の生えたもの。それに全宇宙からのエネルギーが注入されて、蓄えられて、今まさに爆発せんとするそれを後生大事に胸に抱えて、天秤の片方にかけ、もう片方にいくつかの分銅を置くが、分銅よりはるかに重くて天秤ががたんと揺れて、さぁそれを包丁でみじん切りにして小麦粉と卵で固く固く練って、七輪で炭火焼にしてアツアツのそれを手に取り、ふりかぶって投げようとして、やっぱり大砲の筒に移し変えてドーンと花火のような音がして海の方向に打ち込んで打ち込んで打ち込んで打つ。

これを怒りという。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-24 00:05

キスまでの距離

「明日、暇ー?俺ヒマだから行くわー」

「あ、いいよ」

で、やってきて、疲れたと言って寝て、腹が減ったと言って昼ごはん食べに行って散歩して帰ってきてテレビ観て、『警察機動隊24時間』みたいなのを気に入ったらしく、「ふんふん、あーっ静かに、今、痴漢逮捕するところやから。警察かっこいー!俺もやりてー!」と一人盛り上がって、

「じゃ、そろそろ帰るわ」

「ねぇ、帰る前にキスしてよ」

「あはは。しないよ。じゃ、また来るよーっ!」






二度と来るな。

キスもしたくないような女の部屋に来るな。

うちは無料のネカフェじゃない。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-23 19:36

惑う

昨日からわたしはミノムシである。いや、昨日の昨日だったかな、一年前のような気もする。とにかくわたしはミノムシになった。ミノの中に入って首をすくめ、縮こまって暖をとる。

寒いのではない、うそ寒いのである。寒い、寒い、うそ寒い。
それは腰のあたりから背中へと這い登ってきて最後にがぶりと首に噛み付く。
痛いよ。もういい加減にしろよ。

うっすらと夢を見る。教会。墓地。白い花束。足音。風。
あちらの世界に行くときに、必ず見るのだと母さんが言っていた。
ミノムシになったわたしは、もうわたしではないのだろうか・・・足音。

ぐしゃっという音がする。
あぁ。これがそうなのだな。

薄れゆく意識の中、彼は「もう寒くない」と呟いた。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-22 20:29

Lの話

この痛みを、熾烈なる痛みを、孤独と呼びたければ呼べば良い。

きみが強くその痛みを感じるのは、たとえば有楽町の映画館に入ったときである。チケットを切ってもらって場内に入ると、大きな座りやすい椅子と、高い天井とは、かつてきみが通っていた渋谷や新宿のゴミゴミした映画館とは異なり、どちらかと言うと、何度か訪ねたことがある外国の映画館を想起させるのである。チケットにある番号のシートを探しながら、きみはボストンを想い、ニューヨークを想い、ロンドンを想う。OK, we move, we move. 同時に思い起こすのは、異国で一人、映画館に入るほか時間を潰せないときに訪れる恐怖だ。海外での孤独は恐怖である。どこのものとも知れぬ外国語に渦巻かれながら、人ごみに溶けてしまいそうな、恐れの波が襲ってくる。それを少しでも忘れようと、きみはスクリーンに向かって懸命に目を凝らすのだ。Did I make myself understood? Yes, Dad, but I wanna do what I wanna do...

映画が始まると、次第に恐怖は薄れてくる。そして今度は心の中に住んでいる誰かと、会話をするのである。

――ほら、あの脇役の二人、全っ然本物っぽくない。
――あのボートも、作り物っぽいよねー。
――これ原作の方が良かったんじゃないの?あの台詞はさ・・・。

映画が終わり、場内が明るくなると、きみの右側にはコーラとポップコーンの容器を抱えた女子高生の3人連れが、左側にはショッピング帰りの主婦たちが座っていて、心の中の誰かは消え去り、きみは一人立ち上がる。パンフレットを買おうかしばし迷い、買うのはやめて、エレベーターに向かう行列に加わる。皆押し黙ったままのエレベーターの中、きみは寂しさに耐えかねて泣きそうになる。外は既に暗く、誰もがデパートの紙袋を下げて四方へ散っていく。きみはどこに行けば良いのかわからない。行き交う人々の間に立ちつくすきみに、早足のサラリーマンがぶつかりそうになり、何かつぶやいて去っていく。動かなければ。どちらへ向かおうか。どこへ帰れば良いのか。あの暗い小さな部屋でないことは間違いない。きみは同じ場所をぐるぐると回り、思い立って、ある方向へ歩き始める。

数寄屋橋の交差点を渡り、阪急のビルに沿って歩くと、大きな本屋がある。きみはどこに行けば良いのかわからないとき、本屋に行くのである。本屋には、同じように一人で来て思いをめぐらせている人々がたくさんいる。きみはその連帯感で少し落ち着き、ビジネス書、小説の棚、雑誌コーナーを回る。本のタイトルを見てまわるだけで、人がどのように悩み、苦しみ、それを克服しようとしているのかが伝わってくる。きみはもう、一人ではない。店内を何周かしたあと、普段は買わない金融関係の雑誌を二冊と、文芸誌を一冊掴んでレジに並ぶ。財布を開けて紙幣を取り出しながら、もはやきみはうきうきとしている。

ビニール袋の中に新しい知識をぶらさげながら、電車を降りたきみは交差点を渡り、狭い路地へ入る。冷え切ったあの部屋を思い、それを暖めることを思う。暖かさこそが、きみが渇望し、決して手に入らないものである。暖かい部屋・・・きみの記憶の中にそれはない。あるのは常に冷たい四角い空間である。それがいつまでもきみを包むであろうことを、きみはまだ知らない。
[PR]
by kyonkoenglish | 2008-02-21 14:56